さて、今回はバンドとバンドにおけるそれぞれの楽器の話。バンドを始める時の話から、今回のタイトルであるベースを薦める話までを書いてみたい。

  バンドを始める時、まず必要とされるパートは、一般的にギター、ベース、ドラム、キーボード、そしてボーカルだ。描くサウンドによって、サックスやトランペット、あるいはパーカッションやコーラス等が必要な場合もある。もちろん、バイオリンやフルート、ハーモニカ、三味線やウクレレ等の楽器が加わることも考えられる。あらゆる楽器にバンドの要となる可能性があるのだ。ボーカリストがギターやキーボードを兼ねることもあるから、メンバーの数は平均すると4人か5人というところだろう。また、パンクやゴリゴリのロックを目指すバンドは、敢えてキーボードを入れないこともあるから、3人編成になることもある。この3人がバンドでは最小限だと思われる。2人だと、普通バンドとは言わない。ほとんどの場合、ユニットと呼ばれる。

  バンドで使われるギターやベースは基本的にはエレキだ。アコースティックはふたり目のギタリストが受け持つか、ステージの中で何曲かだけに使われる、といった二義的な役割を持つことになる。ドラムもバンドには無くてはならない楽器だ。エレキギター、エレキベースにドラムセットを加えた三つの楽器が、バンドにおける三種の神器であり、大基本ということになる。

  「バンドをやろう!」 たとえば、楽器未経験の高校生が集まった場合、最初に誰がどのパートを受け持つかという事が問題になる。一番人気はバンドの花形であるギターと言ってまず間違いないだろう。ある音楽スクールの人に聞いた話だが、これから楽器を始めようという人が20人いるとしたら、そのうちの15人はギタリストを目指すのだという。単独のボーカルは、意外に人気がない。みんな何かしらの楽器を手にしたいのだ。だから、ボーカルはボーカルでも、ギターを弾きながら歌う、というギターボーカルが理想となる。簡単なコードくらいしか弾けなくとも、ギターを持っているだけで、何となく絵になってしまうからだ。バンドを結成しようと最初に手を挙げた言い出しっぺやバンドリーダーになるような少年、あるいは少女がこの役割を担うことになる。多くの場合、もうひとりギタリストがいる。ソロや難しいフレーズは、このギタリストに任せる。バンドの顔となるメインボーカルとその相棒のギタリスト、どちらもかっこいいのだ。

  ドラムも負けてはいない。派手で目立つから、ギターの次に人気がある。特に、ドラムの生音は魅力的だ。その音を体感し嵌(はま)ってしまったという人がたくさんいるのではないだろうか。手足4本を自在に操ってリズムを刻み、キメではシンバルを思い切り鳴らす。見ている方はもちろん、叩いている本人が気分爽快でない訳がないのだ。ドラムはバンドにおける指揮者だ。常に全体を見渡すキャッチャー役でもある。

  それに比べて、ベースは人気がない。ギターに似ているが、弦は4本しかないし、(※5弦ベースや6弦ベースもあるがまだまだ少数派だ。)基本的に単音しか弾かないから、ギターよりもずっと簡単な楽器と思われがちなのだ。それに、ギターやドラムのようには目立たない。実際、よく聞く話だが、プロで活動しているベーシストの多くは、中学生、あるいは高校生の頃、じゃんけんに負けてベースを手にしたという。

  ベースという楽器が奏でる音の主な周波数帯は、普段の生活の中ではあまり耳にすることがない。ロックやジャズ、ソウル、ファンク等、もう何年も聴いている、という人にははっきりと聴き取れても、これらの音楽を聞き慣れていない人には、ベース音が聴き分けられないのだ。弾いているのか、弾いていないのか分からないような楽器を進んでやろうという人はいない。ベースを選んだ人には必ずそれなりの理由があると思うのだ。もちろん、ギターやドラムを選んだ人にもそれなりの理由はあるだろう。だが、それとはちょっと違うのだ。何か特別な理由がなければ選ばれない楽器、それがベースなのだ。

  ぼくがベースを選んだ理由ははっきりしている。ロックを聴き始めた頃、ぼくも例に漏れずギターに興味を持っていた。『やるんならギターだな』 そう思っていた。母に買ってもらったガットギターも、ちょっとは弾きこなせるようになっていた。だが初めて生のバンドの演奏を聴いた日に、その考えは一変してしまった。中学3年生の時、隣町の体育館で高校生が演奏していたThe Beatles の名曲 「She loves you」、この曲のあるフレーズが、ぼくの人生を決めてしまった。

  「She loves you」 という曲は知っていた。この曲の後半に、with a love like that you know you should be glad という歌詞が、3度繰り返される箇所がある。この歌詞の1度目と2度目の間、そして、2度目と3度目の間に 「G」→「Em」 というコードが出てくるのだが、このコードの経過音として 「ボボボ・ボーン」 (レ・ソ・ファ♯・ミー) という印象的なフレーズがあり、この日の高校生の演奏は、ここの部分でベースがやけに効いていた。ベースだけがはっきりと聞こえ、何ともかっこよかったのだ。すべての楽器が鳴らされている時にはベース音の存在自体よく分からなかったのだが、ベースだけが単独で聞こえた時の衝撃はすごかった。決して忘れられない。レコードやテープを聴いている時は気付かなかった。いや、改めて聴いてもそのフレーズはギターも重なっているから、ベースだけが目立つ箇所ではない。高校生の彼らも初心者だった。たまたま、その時のアレンジのせいでベースの音だけが聞こえたのだろう。それでも、結果的に、ぼくはベースの魅力にとりつかれてしまった。


  ベースを手にして30年経つが、おもしろさの度合いは増すばかりだ。『もっといい音を』 『もっと気持ちいいトーンを』 ひとつの音に対する想いは深まる一方だ。どんな楽器でも、いや、楽器には限らない。茶でも華でも、絵でも書でも、舞踏でも武道でも、10年、20年と経つほどに見えてくるものがある。以前も似たようなことを書いたと思うが、続けることによって得られる感動は何ものにも代えがたい。これからバンドを始めようと思っている人、楽器をやってみようかと考えている人がいたら、ぜひともベースを薦めたい。40歳だろうが、50歳だろうが、まったく問題はない。手が小さい人にも、女性にも、きちっと弾きこなす方法があるのだ。「ギターならともかく、ベースだけでは音楽にはならないじゃないか」 という声も聞こえてくるが、そんなことはない。ベース1本でも十分に楽しめるし、音楽としても成立するのだ。最近、友達がベースを始めた。まずは、指の、甲の、腕の筋肉に、これからベースを弾くのだ、ということを教え込まなければならない。そのための基礎練習が不可欠だ。ベースに触れた友達は 「指が痛い」 と言った。当たり前だ。生身の皮膚に金属が食い込むのだから痛いに決まっている。バットを振り続けると手の平に肉刺(まめ)ができるのと同じことだ。それでも、その痛さは数週間で治まり、少しずつベースと語り合う準備ができてくるのだ。

  楽器を弾くのに必要な筋肉は楽器を弾いて身に付けるしかないが、そんなに大変なことではない。根気よく続けることのみが条件だ。リズム音痴だと思っている人も、不器用だと思っている人も、気にすることはない。もし、ベースに興味を持ったのならぜひ、手にしてみてほしい。今は、5万円も出せばそれなりのベースが買える。

  これだけベースを薦めるからには、ぼくも責任を持たなくてはならない。これから少しずつ、このエッセイの中でベースに関する話を、そして、ベースを弾くのにプラスになるような話を書いてみようと思う。最近ベースを手にした友へのメッセージも込めて。

Copyright(C)2008 SHINICHI ICHIKAWA
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