タローとオレの愛おしい時間は、緩(ゆる)やかに流れていた。『そろそろだな、やるか』 オレは、無言でタローの顔を覗き込んだ。タローも待ってましたとばかり目でそっと頷いた。オレたちは、どちらからとも言わずに決戦の場、和室へと向った。このメインイベントに比べたら、将棋やテレビゲーム等は子供のお遊びに過ぎない。何ぃ?すべて子供の遊びじゃないか?・・・確かにそうだ。タローと遊ぶのだから子供の遊びには違いない。だが、オレが言いたいのはそんなことではない。オレたちの “すもう” には、他の遊びが霞んでしまうほどの魅力が備わっているということを強調したいのだ。胸と胸を突合せての勝負、すもう。タローもオレもこのときが来るのを待ちわびていた。

「先に20勝した方が勝ちね!」

  タローが張りのある声で宣言した。20番か!異論はない。それぐらいの覚悟はできている。

「おう、分かった。タロー、行くぞ!」

「来い!」

「よっしゃ〜!」「たあ〜!!」

  がっぷりよつに組む。遊びとしてのすもうのおもしろさは、がっちりと組むところにある。張り手や蹴手繰(けたぐ)りなどの飛び道具は論外だ。正面で向き合いしっかりと組む。何もそこまで、というほど体を引きつけ合った形から試合が始まる。押す。足をかける。投げる。倒す・・・。結果的に、足以外の体の一部が畳に着いたら負けだ。オレが本気で勝負したら、20勝0敗で勝つのは目に見えている。だが、それでは意味がない。遊びには、教育的意味合いも含まれているのだ。力では敵(かな)わないと分かっていながら、全力で立ち向かってくるタローの心意気にも報いてあげたい。オレは、2回勝ったら1度負ける、というペースで試合を運んだ。5分5分だと嘘くさいし、勝ち過ぎるのもよくない。オレは、タローがプライドを守れるギリギリのところで勝ちと負けを重ねていった。タローは、顔を真っ赤にして押し返してくる。だが、どんなに力を入れようと、真っ向勝負では柔道黒帯のオレを倒せるはずがない。そんなことは分かり切っているはずなのに、タローは全身全霊を込めて向かってくる。オレはその気持ちを、意気込みを、真っすぐに受け止めた。


  4勝3敗になったところで、オレは、体全体を使ってタローに圧力をかけてみた。ジリジリと体重を浴びせ、体力で圧倒しようと試みたのだ。タローは必死で耐える。

「ふん、んむんむぐぐぐ・・・」

「さあ、どうだ!」

「んむむむむんん・・・」

  オレは両腕に力を込め、グッと腰を入れた。そして、さば折りの要領でタローを倒しにかかった。その時、オレは、咄嗟に閃(ひらめ)いた。

「たい〜じゅう〜〜」

  オレは、いきなり声を出した。『た』 を低めに発音し 『い』 をいきなり上げ、そのままこぶしを入れ 『じゅう〜〜』 と唸った。ここで一呼吸置き、おもむろに・・・

「あびせ!!」

と一気に声のトーンを上げ、その瞬間にタローを倒した。

「うわ〜〜!」

タローはもんどり打って倒れた。必殺技 『体重浴びせ』 の完成だ!

「どうだ、タロー!体重浴びせを見たか!」

「うわっは、たいじゅうあびせっ!」

  たいじゅうあびせをくらったタローも、大喜びだ。負けたというのにうれしさを隠さない。必殺技の出現は、オレたちのすもうの価値を急激に上げることとなった。オレは、体重浴びせを使い連勝を重ねた。

「たい〜〜じゅ〜う〜〜」

「あびせ!!」

  オレの鋭い掛け声と共に体重浴びせが炸裂する。タローは、オレの必殺技にきりきり舞いだ。だが、勝負を重ねるうちに、体重浴びせを破ろうと様々な手を使ってくるようになった。どんな逆転技を発想するのだろうか。オレはタローの工夫を楽しみながら、その瞬間(とき)を待った。突然、タローがオレの左腕を取り、周りを回転し始めた。オレの目を回すつもりなのだろう。当然、オレはその誘いに乗る!

「う、うわ〜・・・目、目が回る!」

  オレは、限(きり)のいいところで、大仰に倒れた。そして、びっくりしたようにタローを見た。

「はあ・・・はあ・・・何だ!? 今の技は・・・」

タローはニヤリと笑って答えた。

「こうそく・かいてん・めまわし!」

「むむむ・・・高速回転目回し・・・すごい技だ」

  タローは得意顔。してやったりの笑顔だ!体重浴びせと高速回転目回しの攻防は続いた。さすがにオレも疲れてきた。だが、止めようなんてことは言えない。そこで、オレは考えた。そして、今までになく真剣な表情で訴えた。

「タロー・・・いよいよ最後の決戦の時がやってきたようだな・・・」

  暗にこれで終わりだと言っているようなものだ。タローは、オレの真剣さに一瞬怯んだように見えたが、すぐにオレの魂胆を見抜いた。

「違うよ。まだやるよ。」

  タローは、何もなかったような顔をして答えた。とぼけたことを言っているといつまでも止めないぞ、と言わんばかりだ。椿三十郎の決闘シーンよろしくひとり雰囲気を出していたオレは拍子抜けだ。

「えっ・・・」 注) 手塚治虫のひょうたんつぎを想像願います

「まだまだぁ〜〜!! 行くぞ、エーガ〜!!」

タローは容赦なく飛びかかってくる。オレも気合を入れ直すしかない。

「たあああ〜〜〜!」

「まだだ〜〜まだまだ!!」

  タローの体力には限界がないのか。オレは、外掛け、払い腰、内またなどに体重浴びせを交え、応戦していたが、ますます疲れてきた。そして、さっきよりも更に真剣な顔で声を絞った。

「タロー! いよい・・・」

タローは、オレの言葉を遮(さえぎ)った。

「違うよ。まだやるよ!」

「・・・」 注) ひょうたんつぎの雨あられを想像願います

オレは力を振り絞る。そんな時、居間から声がかかった。

「ご飯できたよ!」

  ヤスシの声だ。夕飯の用意ができたらしい。『しめた!』 オレにとっては助け舟だ。腹もおおいに減っている。

「タロー、どうす・・・」

「まだだよ。」

タローには止める気など毛頭ない。すもうは続く。

「ごはん〜〜〜!」

ヤスシの声が大きくなった。

「まだやるよ」

タローは、オレの腰に喰らい付く。

その時・・・

「フトシ、タロー何回言わせるの!!」

「・・・・」

お袋だ!タローとオレは目を合わせた。そして・・・

「はい!!!」

和室に完璧なユニゾンが響いた。

(つづく)

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