ベーシストにとって、弦の交換とはある種の儀式であり、真正面からベースと向き合える貴重な時間でもある。いつ弦を替えるか、どんなときに換えたらいいのか、どんな弦を張ったらいいのか、どのように代えたらいいのか、多くのベーシストが悩むところだ。弦の種類によっては替えない方がいいものもあるから一概には言えないが、たぶん、7割以上のベーシストが使っていると思われるラウンドワウンド弦ならば、なんとなく換え時が分かる。サステインが失われ、音に“張り”がなくなるからだ。サステイン(sustain)とは、指、または、ピックで弦を弾く等の発音動作によって、楽器が音の発生を開始した後に聞こえる余韻のことで、簡単にいうと“音の伸び”だ。サステインは音の“響き”に大きく関わっている。サスティン、あるいは、サスティーンとも言われるが、正しくはサステインだ。これを機に覚えておいてもらいたい。

  ベース弦には、ラウンドワウンド弦、フラットワウンド弦、ハーフワウンド弦、ハーフ&ハーフ弦、コーティング弦、テーパー弦、ダブルボールエンド弦、ブラックナイロン弦等がある。もっとも多く使われるのがラウンドワウンド弦だ。 芯線に断面が丸い金属線をぐるぐると巻きつけた弦のことで、全体が凹凸だらけだからタッチノイズが出やすい。芯線となる金属の形状には、六角形状になっているヘックスコアと丸状のラウンドコアの2種類がある。前者は一般的に張りがありタイトな音が特徴とされ、ダダリオをはじめ多くのメーカーで使われている。後者はヘックスコアと比べて柔らかく感じられるものが多く、DRのHi-Beamやロトサウンドの弦がこれにあたる。同じラウンドワウンド弦であるこれら弦の違いを音で聞き分けるなんてことは不可能に近い。音には、ベースの材質や音をひろうピックアップのタイプ、ケーブルやアンプの種類までもが影響するからだ。弦を弾(はじ)くときのちょっとした感覚や指先だけが感じるある種の違和感だけが、聞き分けられないほどの微妙な音の違いを教えてくれる。

  ラウンドワウンド弦は張ってからちょっとの間はかなりブライトだが、すぐに落ち着いた音になる。だが、ここからがこの弦の本領発揮で、しばらくの間は中音や高音がよく響く。いわゆる“いい音”の状態が続くわけだ。さて、この“しばらくの間”とはどのくらいの期間のことをいうのだろうか。そこには大きな個人差がある。弾く頻度にもよるし、弾き方にもよる。指で弾くのかピックで弾くのかにもよるし、個々の手の汗の成分にもよる。もっとも、サステインがなくなってからの方が好きだという人もいるから、弦の換え時は、まさしく“人それぞれ”だとしか言いようがない。 フラットワウンド弦は、芯線に平たい板状の線を巻きつけた弦で、ラウンドワウンド弦に比べ、ハイが抑えられローミッド寄りの太く落ち着いた音が特徴だ。ぼくは、この弦をFenderのフレットレスベースに張っている。10年以上前に張ったままだ。ハーフワウンド弦は、芯線に断面が半円形の巻線(外側はフラット、内側はラウンド)を巻いた弦のことで、ラウンドワウンド弦を削って平らに近い状態にしたものもハーフワウンドという。フラットワウンド弦とハーフワウンド弦を使っている人は、切れるまでは変えないという人がほとんどだ。5年、6年と張り続けたままの人がざらにいる。

  ハーフ&ハーフはヘッドに近い部分がフラットワウンドでボディに近い半分がラウンドワウンドになっている弦のことだ。20年以上前に一度見たことがあるが未だに使ったことはない。コーティング弦は、その名の通りラウンドワウンド弦の表面をポリマー樹脂やクロームメッキで覆った弦のことで、弦自体に直接触れない分、寿命が長いのが特徴だ。この弦も使ったことはない。なぜだか発売されたときから手を出す気にはなれなかった。この弦を張った生徒のベースを触らせてもらったことがあるが、ぼくには感触も音もしっくりこなかった。この弦の売りである“直接弦に触れない”というところに共感できないからだと思う。

  ケン・スミス等で使われるテーパー弦は、ボールエンドからの数センチが細くなっている弦だ。サドルに触れる部分が芯線だけなので振動が伝わりやすいというのがうたい文句だが、芯が剥(む)き出しになっている部分に不安を感じてしまう。この弦も使ってみる気にはなれない。一部のブリッジにはこのタイプの弦しか張れないものもあるらしい。弦の両端にボールエンドがついている弦がダブルボールエンドだ。スタインバーガーやステータスといったヘッドレスのベースにはこの弦しか張れない。フラットワウンドのような深みある音とアップライトベースを彷彿させるのがブラックナイロン弦だ。ぼくは、TACOMAのアコースティック5弦ベースにこの弦を使っている。5年ほど張ったままだが、まだまだ換える気はない。最後に紹介するのはネオン弦だ。まさしく光る。ピンクとかグリーンの蛍光色がコーティングされている。目立つという点では新しいと思うが、自分が使うとなると御免こうむりたい。例え、もらったとしても使えない。使わない。

  弦の種類について綴ってきた。“いい音”に対する基準は人それぞれ違うのだから、弦の交換時期が違うのも当然と言えば当然だ。答えはないに等しい。これも当然のことだが、ベースにさわる機会が少なければ新しいままの音は長く続く。楽器は音を奏でるためのもので使ってこそのものだ、と個人的には思うのだが、存在自体がかっこいいのだから飾ってあるだけでもその価値や意義は十分にあると言える。やはり答えはないに等しい。

  それでも、経験を重ねると弦の代え時が自然に分かってくる。自分だけの換え時だ。さて、さっきからぼくは“かえる”を思い思いの漢字に変換してきた。( 変換も“かえる”がふたつだ)“替える”なのか、“換える”なのか、“代える”なのか、ちょっと悩んでみたい。弦を交換するという点から考えると“換える”だが、そんなに簡単なことではない。まずは漢字の意味から探ってみたいと思う。尊敬する白川静氏の常用字解から意味を詳しくみてみよう。この辞書は字の成り立ちや本来の意味を教えてくれる。書を勉強していると自然に漢字の本来の意味を知りたくなるものだ。書道字典はもちろんのこと、漢字典や語感辞典等漢字に関する辞書がすぐ手に取れるところに置いてある。

『替』・・・元々は、裁判に当たって神に宣誓するという意
宣誓して争い裁判に敗れたものは棄てられるので「すてる」の意味もある
「おとろえる」という意も含む
交替・・・入れかわるということ
代替・・・他のものに変えること
※交替は交代とも書く

『換』・・・取りかえる、改める、の意
換骨奪胎・・・古いものに手を加えて新しいものにすること
換気・・・室内の空気を入れ替えること

『代』・・・人が入れかわる、の意 同訓異語は「変」
代は改めるという意味であり、改めることによって「入れかわる、かわる」の意となる
代謝・・・古いものが新しいものと入れかわること
交代・・・入れかわること

もうひとつ、弦を“変える”がある。この“かえる”も間違いではないと思うが、弦の種類をかえるという意味の方が適当だろう。

『変』・・・誓いの言葉の入った器をうつことを變といい、転じて、神への誓いを破り、改める、の意味となる
「あらためる、かわる、かわる、みだれる」の意味に用いられる
一変・・・すっかりかわること
交代・・・入れかわること

『弦が“おとろえ”その弦を“すて”新しいものに“取りかえる”』

みっつの“かえる”は、すべてが当てはまった。みっつともが答えだった。“弦をかえるということは、常に初心に“かえる”ということにも通ずる。途方もなく高い山を一歩一歩登って行くことの清々しさよ。 (つづく)

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