ペンケースには、ZEBRAのマッキー極細、修正ペン、黄色のラインマーカー、Tombowの色鉛筆、0.7ミリのシャープペン、筆ペン、消しゴム、が入っている。これらはすべて譜面を書くときに使うものだ。その時々に気に入ったものを使ってきたが、使いやすいものだけが残った。35年かけて淘汰されてきたものばかりだから、それぞれにこだわりがある。

  まずは、ZEBRAのマッキー。油性マジックはこれに限る。両端に『細』と『極細』、ふたつのペン先があり、用途に応じて選べるようになっているのだが『極細』の方はほとんど使わない。使うとしたら、クレジットカード等のカード類に名前を書くときだけだ。このマジックは、今や、譜面を見やすくするためになくてはならないものとなった。“今や”と書いたのは15年ぐらい前までは必要なかったからだ。年々、目が悪くなってきたせいで譜面が見えにくくなってきた。譜面は、見開きB4サイズのミュージックノートに0.7ミリのシャープペンで書く。芯は2Bだ。できあがったものをA3に拡大コピーして使用する。

  自分で書くものに関しては太い芯、濃い色のシャープペンで大きくはっきりと書くから問題ないのだが、メールで送られてきたり、スタジオで手渡されたりする譜面は、文字や記号が小さすぎて見えにくい。その見えにくさをカバーするためにこのマジックを使う。コードや音符に上書きをするのだ。小さくて見づらかったら、それを無視して上から大きくしっかりと書く。ダブってかえって読みにくくなりそうだが、マジックの色が濃いからペンや鉛筆で書かれたものは気にならない。元々の記号や音符がチラッとでも目に入るようだったら、修正ペンで塗りつぶせばいい。譜面を目で追うとき、映るものは、すべて“演奏上意味のあること”でなければならない。「これはなんだ?」と思った瞬間、判断が遅れる。このコンマ何秒かが怖い。ぼくたちベーシストは、楽器の性格上、基本的にミスは許されない。これは、ドラマーにも言えることだが、音を下でしっかりと支える楽器は、きちっと弾いていて当たり前、合っていて当たり前で、普段は地味に仕事をしているが、音がずれたり、はずれたりした時だけ目立ってしまう。土台や柱の部分を請け負っている楽器の宿命とも言える。

  マッキーで書きなおした譜面は見やすい。少々暗くても、距離があっても、コードやリズム、キメをちゃんと認識させてくれる。譜面を見ながら演奏するようなステージでも、譜面台を近くに置いて凝視していたのでは楽しめない。譜面台が近過ぎて手が見えないなんてこともお客さんに対して不作法だ。譜面台はちょっと遠めに置いて角度をつけ、地面と平行になるような状態にしたい。そして、上からチラ、チラッと見るぐらいがいい。そんな時に、太くて大きな文字はぼくたちの味方になってくれる。素晴らしいマッキーだが、惜しむらくは“持ち”が悪いこと。ちょっとでも擦れてくるともう使えない。もう少し“持って”くれるとありがたい。税抜120円。色は12色あるが、ぼくは黒しか使わない。

  ラインマーカー。リピートマークやダルセーニョ、コーダ等の記号には、まず、黄色やピンクのラインマーカーで色を付ける。メーカーは問わない。文房具屋で売っているごく普通のものだ。長年、同じことをしているから、色の使い方は決まっている。ぼくの場合、リピートには黄色、ダルセーニョはピンク、コーダはグリーン、ダカーポやふたつ目のダルセーニョはオレンジ、ふたつ目のコーダはブルーだ。ただ、ラインマーカーを5本も持ち歩く訳にはいかない。とりあえずは、リピートマーク用の黄色だけは入れておき、その他の色は家に帰ってから付ける。数年前に、目に優しい色のラインマーカーを見つけて揃えたことがある。だが、譜面にはまったく向かなかった。譜面には、昔からのどぎつい蛍光色がいい。

  記号にラインマーカーで色を付けただけでは完全ではない。仕上げは色鉛筆だ。色は『Vermilion』。朱色。“赤”ではなく“朱”であるところがいい。ぼくたちが子供の頃から色鉛筆といえばこの色だった。なんと落ち着きのある色か。同じ“あか”でも、目立ちながらも他を圧倒しない優しさがある。温かさまで感じられる色だ。神社仏閣では多くの建物に朱色が使われてきた。見た目にあざやかな朱色には“生命の躍動”という意味があるそうだ。魔力に対する強い色であり、災厄を防ぐ色であり、穢れを祓う色とされてきた。紅葉をあらわし、五穀豊穣をあらわす色ともされてきた。朱は硫化水銀からなる辰砂という鉱物を原料とすることから水銀朱とも呼ばれ、昔から木材の防腐剤として使われてきた。神社の社殿の朱色は建物を守ってくれているのだ。ぼくたち日本人にとって“朱”は潜在的に心安らぐ色なのかもしれない。

  マーカーの色を囲むように朱の色鉛筆で線を描く。きちっと縁取りをするようなことはしない。線は、敢えて“ラフ”に書く。手書きだということがはっきり分かるくらい大雑把に描く。何度も痛い目に会ってきたからだ。性格や資質も関係あると思うのだが、ぼくの場合、記号に色を付けてあっても、その通りに弾けないことがよくあった。その結果として、より色を目立たせるために締めくくりの色鉛筆だけラフに描くようになったのだ。レコーディングスタジオに行くと、譜面台の上にきれいに削られた色鉛筆が置いてある。それだけで気分が良くなるのはぼくだけではないはずだ。『Prussian Blue』と一緒になった2色の色鉛筆も健在だ。Tombowの他に三菱の色鉛筆も使う。

  そして、筆ペン。筆ペンは、曲のタイトルを書くのに使っている。譜面を書くノートに、マッキーは使えない。紙の裏側にもはっきりとした線がにじんでしまうからだ。文字が裏写りしないように、と考えて使いだしたのが筆ペンだった。筆ペンだと、裏写りしないばかりか、文字にタイトルの雰囲気や曲調までも反映することができる。ぼく個人のちょっとした楽しみでもある。

  今、使っているペンケースは、『ゴダイゴ』のギタリスト浅野孝已さんからいただいたものだ。浅野さんとは『あさいち』というアコースティックデュオを組んでいる。浅野さんも文房具が大好きで、ある時、気に入ったものをプレゼントしてくれたのだ。軽くてたくさん入るライム色のペンケース、大切に使いたい。

  ぼくのバッグにはペンケースに入った筆記用具の他に、ボールペンと万年筆が入っている。バッグを開けるとすぐ手の届くところにある。いつの頃からか、手帳にもボールペンで記入するようになった。消えるボールペン『フリクション』が発売された時は10色以上揃えたが、どうにも使い慣れなかった。ある程度の筆圧が必要で、線に覇気がない。はははは(笑)。線に覇気が必要なのかどうかは置いておいて、やはりボールペンにはスピード感とシャープさを求めたい。『PILOT』の“Acroball ”シリーズがお勧めだ。ぼくは、黒、青、赤、3色のAcroball 3を使っている。抜群の滑らかさと書きやすさ。機会があったら、ぜひ、試してほしい。次編は万年筆の話。 (つづく)

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