音楽を語る上でぼくたちがよく使う言葉に“アンサンブル”がある。音楽の“形”をこれほど適切に表現している言葉は他にないと思えるのだが、それでいて、その核心には容易に近付くことはできない。

  音楽用語としてのアンサンブルは、ふたり以上で楽器を演奏する時や、ふたり以上で歌う時に使われる。アコースティックのデュオやロックバンド等複数で演奏したり歌ったりすることがまさにアンサンブルだ。あるいは、弾き語りであっても、歌とギターのアンサンブルという風に言うことができる。

  楽器を習い始めると、誰もが“うまく”なりたいと思う。では、この“うまい”とはどういうことをいうのだろうか。多くの場合、技術(テクニック)を上達させたい、という意味で使われるが、この“技術”という言葉は厄介だ。楽器を操るには、多種多様の技術を駆使しなければならない。指を早く動かすのが技術ならば、音を出さないようにミュート(弦の振動を抑える)するのも技術だ。16分音符をババババッと弾くのにも、全音符をしっかり4拍伸ばすのにも同じぐらいのテクニックが必要だ。4分休符を1拍休むのも、8分音符を半拍キチッと休むのも技術のうちだ。テクニックに関しては、弾けている自分をイメージして練習すれば、誰もが身に付けることができる。当然、人によって早い遅いはある。それでも、必要なテクニックならば自然に自分のものになってゆく。

  一般的にいう“むずかしい”フレーズを弾けるようになりたい、叩けるようになりたいと思うのは当たり前のことだ。誰だって憧れの人と同じように弾けるようになりたい。それでも、好きなアーティストのCDとまったく同じフレーズを弾けたから100点、8小節目のフレーズがうまく弾けないから40点、では寂しい。間違えないで弾くことができたから90点、気持ち良く弾けたけど2ヶ所間違えたから50点、なんていうのも残念な考え方だ。アンサンブルの観点からみると、部分部分の出来不出来よりもトータルの流れや、その曲らしさを意識したプレイの方が大切だ。早過ぎて弾けないフレーズがあったら、シンプルに略してしまっても構わない。それを間違っていると決めつけるのは杓子定規にすぎる。音楽的でありさえすればどちらも100点になる、という音楽の素晴らしさを理解できれば、もう少し肩の力を抜いて楽器と向き合うことができるようになるかもしれない。

  楽器を始めてしばらくの間は自分の音を追うことで精一杯だ。他のパートを聞く余裕なんてない、というのは経験上よく分かる。スタジオで一緒に演奏しているのだから聞こえて当たり前だと思うかもしれないが、聞こえているようで、実はそれほど聞こえてはいない。音の全体を捉えられるようになるには時間と経験が必要だ。頭のどこかで、みんなで音を出しているということを意識しながらアンサンブルし続けることが大事だ。

  アンサンブルは音の“形”だ。すべての演奏者が同じ音像をイメージしながら、誰がとは言わずに、過不足ないよう的確な音量で、最高の音質で、音を合わせてゆく。みんなが同じ形、例えば、地球のような球体を想像しながら、歪(いびつ)にならないよう細心の注意を払いながら形を整えてゆく。メンバーのひとりに楽器を始めて間もない人がいたとしよう。他のメンバー全員でその人を包み、カバーしながら音を作り上げてゆく。そんなアンサンブルは人の胸を打つに違いない。テクニックを自慢したい、自分が一番目立ちたい、というのでは寂しい。

  アンサンブルを日本語に訳すとしたらどんな言葉が適当なのか、そんなことを長年考えてきた。ぼくにとってのひとつの課題だった。折にふれて、ベースを教えている生徒たちに「アンサンブルを日本語でいうと何だと思う?」と質問してみた。多くの人は悩みながらも「調和でしょうか」「バランスかなあ」と答えてくれた。確かにそうだと思う。正しいには違いないが、もっとしっくりくる言葉があるはずだ。

  その言葉を探し求めてさまざまな辞書もひいてみた。その中から参考までに、日本国語大辞典と新英和中辞典に載っていたアンサンブルの説明を紹介しよう。

〔日本国語大辞典〕
アンサンブル《名》(フランス ensemble「共に」の意)
①音楽用語
イ 二人以上でする歌唱または演奏。重唱。重奏。
※純粋の声(1935)〈川端康成〉
「和洋両琴の珍しいアンサンブル」
ロ 少人数の合唱団、または室内楽や管弦楽の中のあるグループ。

②演奏、演劇などや服装、配色などの調和の具合。
「アンサンブルがいい舞台」
※蒼ざめた馬を見よ(1966)〈五木寛之〉
「バロック風の細長い窓と白い円柱のアンサンブルが犯しがたい気品をたたえて」

③ドレスとコート、スカートとジャケットなどを、共通な生地、柄、デザインなどで調和良く揃えた組み合わせの婦人服。
※寝園(1930~32)〈横光利一〉
「ベルトの下で水際だって美しく締まってゐるアンサンブルの、胴のあたりを」

④和服で、長着と羽織を同じ布で仕立てたもの。

〔新英和中辞典〕
ensemble 名詞 
①【楽】アンサンブル
a.少人数の合唱(合奏、舞踏、演技)
※a brass ensemble 金管楽器の合奏団。
b.少人数の多面の合唱 (合奏)曲。

②(各部分が総合され調和のとれた)全体、全体の趣、全体的効果。

③色彩。生地などで調和のとれた婦人服。

④調和、アンサンブル。


  そして、ぼくが探し当てた言葉は至ってシンプルだった。

  アンサンブルとは“優しさ”だ。一緒に音を出している人たちへの“思いやり”こそがアンサンブルではないだろうか。

  ある生徒との会話の中で、ぼくが「アンサンブルって優しさだと思うんだ。」と答えると、「私の知り合いが同じようなことを言っていました。『人は、なぜ本を読むのか。何のために教養を得ようとするのか。それは、優しくなるためだよ。』って。」

  この世のすべての道の到達点には何があるのかが分かった気がした。ぼくたちは、優しくなるために音楽を奏で、優しくなるために世界を知ろうとし、優しくなるために歴史を学んでいるのだ。ベースを弾き続けてきてよかった。バンドをやり続けてきてよかった。音楽は、ぼくに、目指す場所が優しさに繋がっている、ということを教えてくれた。 (了)

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